「薫が、いなくなった……?」
狼狽を大いににじませた声色は弱かった。けれど俺の耳に届くには十分ほどの張りで。
「待って、なんで、……どこ行ったの? 急にそんな」
「椎名さん」
関係のある話と踏んだ俺はごめん、と受話器のボタンをいじってスピーカーをオンにした。
『わからないわ。今朝、珍しく起きてこないから部屋に行ったら忽然と消えてた……。
いなくなるような素振り、昨日までまったく見せなかったのに─』
電話口の向こうのひと─椎名さんのお母さん─の声からもひどく困惑している様子が見受けられた。
「な……んで? 警察には届けたの?」
『……それがね、薫の住所や生年月日、お母さん、知らなかったから。それがないと届出も出せないみたいで…あんたなら知ってるかと思って電話したんだけど』
「住所、生年月日……」
白い顔に焦りが滲んでいく。羊皮紙に黒いインクを垂らしたようにじわりと。
「わか、らない。知らない…」
『…そう』
「な、なにか手がかりとかないの? どこ行っちゃったんだろう、なんで、いきなり」
『……とにかく、お母さんはきょう午後おやすみ貰ったから、近くを探してみるわ。海斗は……お友達が大怪我したって聞いて、とても……ショックを受けているみたい。だから帰ってもそっとしておいてあげて頂戴』
「海斗……大丈夫?」
『ゆうべ泣き疲れちゃったのか、まだ寝てる。塾が一緒の女の子なんですって』
間違いなく、月子のことだと唇を噛んだ。椎名さんはつらそうに眉を寄せて瞳を閉じた。
「そうなんだ……」
『あんたは神崎くんのお家にいるの? 勉強会って聞いたけど、あんまり迷惑かけないようにね。じゃあ』
ぷつり、とつめたい響きを残して、通信は途絶えた。
