「ただ…神域、いや、霊界か。そこに白狐がいるなら妖気が途絶えたのも合点がいく」
「じゃあ…椎名さんはそこに、白狐を閉じ込めたとか」
「ヘタすりゃ死んじまうってのに、あの子も物騒なことするね。恐ろしや」
言葉のわりにまったく怯えていない彼女はまた煙管を噛んだ。
「しかし─どうだい。こんなこと、予想されちゃいない出来事のはずさ」
すこしだけ笑いを含んだ声に頷く。
「先見書に『白狐が椎名さんと離れる』ことは記述されていない」
はっきりものを言ってしまえば、だ。
「未来の歴史が変わるかもしれない」
落とした声は静かに、朝の空気を孕んで部屋の隅に消えた。
声が震えたのは恐怖か、それとも期待を含む歓喜からか……わからないが。
彼女にとっても、この町にとっても大きな一歩になったと考えても差支えないだろう。
─未来は未知で、予想し得ない領域だが、この町にかつていた少女はその領域に踏み込んだ。
頭の中に思い描く、瓜二つの女性。
長い髪も白い肌も、見慣れたセーラー服すらぴったり同じ。
まるで忘れ形見のような杏子と
生き写しのような桜子。
遺した未来の地図、あるいは彼女─椎名杏子の歩んだ軌跡ともいえる「先見書」は俺たちの唯一の道しるべ。
だけどそれに記された終焉(おわり)はあまりに非情。
「未来は世界の変化に敏感だ。
正規のあの本の結末は、『椎名杏子の死』。
だが─こうして予想し得る出来事が起きれば、つじつま合わせのため世界は変動する」
─つまり、『最悪』は覆せる。
