「…!」
そのときの彼女は妙に神妙な顔をしていた気がする。
椎名さんが何かもし、白狐に対して後ろめたいことをしたのなら。
「…………ちがう」
いや、待て。
それより俺は白狐に会ったんだ!
あのとき、桜子さんに呼ばれた世界……夢とつながった神域に。
見間違うはずがない。
人のかたちを取った彼はいた。
「灯雅! 妖が、神域に入ったらふつうどうなる!?」
「な、なんだい、いきなり。そりゃ、無事でいられるはずないだろう」
「っ、獣妖なら姿を保てなくなるのか?」
「そんな生易しいモンじゃないよ。獣妖なんてとくに下賤な存在、跡形もなく消えちまうさ」
消える。
三文字の音を俺は出来の悪い玩具みたいに繰り返す。
「神前に獣が現れるなんて不敬だ。ぱあっと、散らされて終いさ」
煙管の煙がふわり、空中でなくなってしまうように─
やっぱり。
それが普通なんだ。
そうならなかった白狐は、妖じゃない。
