暗い部屋の中で、未だに鮮明に蘇る愛しい人。
眠りにつこうとしても。
目を閉じても。
目を開いていても。
見えるのは彼女の笑顔。
笑顔だけじゃない。
怒った顔。
泣いた顔。
悩んでいる顔。
照れている顔。
俺の好きな彼女全部が。
鮮明に、流れる。
口付けをした感触も。
触れた指先も。
彼女の温もりも。
まだ俺の中に残る。
『ありがとう、バイバイ』
今さっき起きたあの事も俺の中に酷く焼き付く。
「……」
身体を起こして、頭をかく。
いてもたってもいられなかった。
ざわざわと心がざわめいて、心拍数を上げさせる。
苛立ちと似たものが込み上げてくる。
……あの時の彼女の顔が忘れられない。
乱暴に俺に口付けをした瞬間に歪んだあの表情。
でも優しかった唇。
つぶらな瞳から溢れ出していた宝石のような涙。
これらが俺を痛め付ける。
『……ごめん、美月ちゃん』
俺の言葉が悪かったのかもしれない。
いや、確実に悪かった。
俺はただあの時、怖かっただけだった。
彼女の前で想いを告げたら彼女はどんな反応をするのだろう、そんな事を考えてみると怖くて仕方がなかった。
それと、想いを告げたら自分の中の彼女の記憶が消えてしまうんじゃないかって、思ってしまったから。
確実に押し寄せる俺の消滅。
彼女だけには見せたくない。
彼女がいないときに、彼女が誰かに恋をしたときにひっそりと消えたいだけ。
きっと優しい彼女なら俺が消えるとき、泣いてくれるはずだ。
だけどそれは俺にとって望ましくない事。
同情や憐れみなどよりはましだけれど、泣いてしまわれると“消えたくない”と感じてしまう。
後悔だけが残ってしまう。
だから。
『ありがとう、バイバイ』
あの言葉は俺にとって優しい言葉だったのかもしれない。
そのためにあの言葉を言ってくれたのかもしれない。
「……美月ちゃん…」
俺は君に感謝をしなければならないのかな。
それとも君を――――
「……っ」
俯いたと同時に涙が零れた。
布団に落ちた涙はじわりじわりと布団に染み込んでいった。
俺はもう一度君に会いたいよ。
君が俺を見てくれなくとも、俺はただ君という光を眩しく見つめるから。
俺は身体を倒し、目を閉じた。
