ジェスから声をかけられたときは、心臓が火を噴いたかと思うほどだった。
触れた髪から、あの赤い薔薇にみたてた小さな髪飾りの存在は感じられない。手にたくさんのたこを作って、自分は弱いから、と照れ笑いする彼はもういない。どこを見渡しても、ジェスを見つけることはできないのだ。
そう思った途端、再びルーンの頬にいくつもの涙が流れた。
「ルーン王女!」
自分を呼ぶ声に、ルーンは身を固くし、立ち上がった。
駆けても邪魔にならないよう、無残に切り裂かれたドレスの裾をしばりつける。まだ履いたままの片方の靴も乱暴に脱ぐと、叩きつけるようにして投げ捨てた。
――万年樹まであと少し。
濡れた頬を拭ったとき、自分を呼ぶ声が、近くから聞こえた。
「姫さん! ちょっと待って!」
腕を掴まれ、慌てて振り返ると、息を切らせたリュウがいた。
驚いて目を丸くしたルーンを見て、リュウが声をあげて笑い出した。
「すごい格好ですね。王女の姿とは思えないですよ」
「な、なんでリュウがこんなところにいるの……?」
大きな息を吐き、呼吸を整えるとリュウが急に真顔になった。
「……ジェスに叱られますよ」
リュウが伏し目がちに微笑った。ルーンは再びじんわりと血の広がるような痛みを胸に覚え、リュウから目を反らした。



