万年樹の旅人


 まとめていたせいで乱れた髪を、くしゃりと握った。

(ジェス……)

 初めは、興味本位で近づいた。

 一番の景色が望める部屋に、と充てられたルーンの部屋からは万年樹のある庭園周辺はもちろん、街へと繋がる城門の辺りもよく見渡せた。晴れた日には、ずっとずっと向こうの山の稜線がはっきりと見え、陽の光が眩しく目を細め、それでも何時間だって飽きることなく眺めていられた。行ったことのない場所、景色。部屋から見えるもの全てが宝物だった。そのときにジェスを見つけた。城内でも噂になっていたほど、彼の容姿は特異で、自室の窓から景色を眺めるたびに彼の姿を探した。

 黒は穢れの色だと、城の者は言う。

 だが、ルーンから見える彼の姿は違った。どちらかといえば、穢れを知らない白兎のようで、特に微笑ったときの寂しそうな表情がルーンの興味をさらに強めた。

 ジェスの遠く離れた場所で、彼を横目で見ながら声を潜めている光景を見たこともある。声が届かなくても、彼らがジェスを嘲笑っているのはすぐにわかった。

 ――何か言われているのかしら。

 そう思って彼を見たときの衝撃は今でも強く覚えている。

 普段どこか憂いを帯びたような雰囲気からは想像がつかないほど、彼の瞳には激しい炎が燃えていた。晴天の眩しい陽光すら跳ねかえさんとする勢いで、だがしかし、その視線を嘲笑する彼らに向けることなく、ぐっと堪えている様子が窺えた。


 どきりとした。

 鼓動が荒波のように激しく動いた。

 ――弱くて強い。


 ジェスも自分と同じ、感情のある人間なのだ。と思った瞬間、彼のことがむしょうに気になりだした。それからだろうか。もともと万年樹の庭園はとても好きで、侍女の目を盗んでこっそり抜け出すこともあったが、ほぼ毎日のように足を運んで、ジェスを近くで見ようとしたのは。