万年樹の旅人


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 城内を抜け、万年樹のある庭園に続く渡り廊下の途中で、ルーンは自分の着ているドレスの裾を踏んづけつまづいた。前のめりに倒れこんだルーンは、半身を起こし、すりむいたばかりの腕を見つめる。白くかすんだ埃と血の混じった自分の腕から目を逸らすと、ぐっと唇を噛んだ。

 履いていた自分の靴を乱暴に脱ぎ、細く高いヒールの先を自分のドレスに刺した。目一杯の力で靴を動かすと、ドレスが破れる軽快な音が辺りに満ちた。

 いつも着ているよりもずっと上等なドレス。

 幼い頃は、母が着ているドレスが羨ましくて仕方がなかった。薄い羽根のような布地を何枚も重ね、花びらのようにふわふわと揺れるのを見て、いつか自分も着てみたいと願った。やがて自分も重いドレスを着たときの歩きかたを教わり、幼い頃は軽々と着ていたようにみえた母も、実は大変な思いをしながら着ていたのだと知る。けれど、母はそんなことを微塵も感じさせなかった。きっとルーンが知らないだけで、ドレス以外にもたくさん苦労をしてきたのだろうと思う。実際、歳を重ねるごとに、ドレスの布が増えるように課せられていくものも増えていった。

 まだ就いたばかりの腰元に、「こんな素敵なお召し物を着ていられるなんて幸せですね」と言われたとき、笑顔で頷いたものだが、内心眉を顰めていた。

 何が幸せなものか。外見の華やかさを手にしていられるのも、重いものを同時に背負っているから。自分が幼い頃も、同じように母を見た。けれど、こうして母と近い立場となると、ようやく理解できた。侍女らの羨望の視線を受けるたびに、腹立たしいよりも、幼い頃の自分を見ているようで恥ずかしかった。

 破れたドレスの合間から覗く、ルーンの白い太ももに涙がひと粒落ちた。

 まとめ上げていた髪も、走っている間に解けてしまい、留めてあった髪飾りもどこかに落としてしまった。


 ジェスから貰った、あの髪飾りも。