幼い頃は、国王にさえなれば、手に入らないものは何一つとしてないものだと信じて疑わなかった。だが現実は――残酷だった。
国王という名の玉座が近づけば近づくほど、理想は遠ざかっていく。
「後を追わなくてよかったの?」
女性のなめらかな、それでいて棘を含んだ声がアズに訊ねた。
「ええ」
「万年樹のほうへ向かって行ったのでしょう?」
「……でしょうね」
アズが後ろを振り向くと、初老の女性が凛とした姿勢のままアズを見据えていた。
金の長い髪はひとつにまとめ上げられ、組まれた両手指も首筋にもびっしりと皺が刻み込まれているというのに、まっすぐアズを見つめる瞳は、鮮烈なほど強い意思が宿っており、年齢よりもずっと若く見せていた。
「なぜもっと自信を持たないのですか」
「自信? 私に自信がないと言いたいのか、母上は!」
母の咎めるような視線を見据えながらアズは声を荒げた。しんと静まり返った庭園に、アズの声だけが響いた。
その瞬間、母の眉がさっと歪んだ。普段滅多に感情を表に表すことのない母だが、こうして時おり驚くほどの感情を見せる。アズは、この瞬間の母がすごく苦手だった。自分を見下しているような、加えて哀れみの色を、隠すことなく瞳に浮かばせるさまも。
自分が愚かだと、言葉よりもむき出しの思いに、ひどく惨めになる。
「違うと言うのなら、なぜあの騎士を手にかけたのですか。能力を使って来世までもルーンと離したのは、あなたに自信がないからでしょう」
アズは母の瞳に、哀れみや怒りとは違う、何かを見た。
胸の奥がじんわりと熱を帯び、厚い氷が溶けていくのがわかった。諦めにも似た感情が、アズの表情を和らげた。



