万年樹の旅人


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 アズはしばらく目を閉じていた。

 高く聳える山々が、一瞬にして砂となり崩れ去っていくような心地の中で、ひたすらに無心になろうと暴れる心を静めた。

 会場に集められた賓客たちは、いつの間にか姿を消し、かわりに寒々しいほどの冷えた余韻だけを残していった。まだ湯気のたっている食事も、開けたばかりのワインも、乱れたままの椅子も。生々しいほどの人の気配を感じさせながらもその余熱は、アズに喪失感だけを与えた。

 何気なしに見上げた天井からは、半球の窓に嵌められた硝子を通り越し、眩しいほどの陽を庭園に注いでいる。ちらちらと舞っている埃が、まるで飛沫のように輝いたのを見て、今にも泣きそうな表情のままアズは目を細めた。

 空は厭味なほど青く、雲ひとつ見当たらない。アズの心中とは正反対で、ひどく明るい。だが、庭園内に充満した、暗く湿った空気はそれでも消えることはなかった。

 この庭園を、訪れた者はみな美しいと褒め称える。アズはその言葉を聞くたびに、心の中で苦笑を浮かべていた。一度だって美しい、綺麗、などと感じたことはない。一瞬にして枯れてしまう花へ対して、どうして美しいと思えよう。みなが感嘆のため息を洩らしているとき、同じようにため息が漏れるのは、決して美しいからではない。自分が他人に合わせて「美しい」と口にしなくてはいけない状況にため息が漏れてしまうだけなのだ。

 自分に兄がいたならば。国王などにならなくてもよい存在ならば、少しは違ったのだろうか。何もかも抑え込まなくてはいけない日々に負けず、人々が美しいと思えるものを同じように美しいと思える心を持てたのだろうか。