「ねぇ、どうしたの。怖い顔」
甘ったるい猫なで声で女は言った。
「いや、何でもない」
部屋に入るなり、女はいきなりキスをしてきた。
そして俺のコートを器用に脱がせていく。
その時も女は棒立ちの俺の唇をむさぼったままだ。
何の反応も見せない俺に、とうとう「どうして応えてくれないの」と息のような声で女は囁いた。
「私のこと嫌いなの?」
これだから女は面倒だ。
相手の気持ちがわからなくなると、すぐにこう訊く。
「笑ってないで答えてよ、私のことどう思ってるの」
その時、俺の胸ポケットが震えだした。
「電話だ」
女を引き離すと、通話ボタンを押す。
「わかった、すぐに行く」
女の顔が曇る。
「仕事だ」
「今じゃなきゃいけないわけ?他の人じゃダメなわけ?」
「俺の仕事だ」
「貸して」そう言って京香は俺の携帯を奪った。
着信履歴を見て忌々しげにそれを返してくる。
呼び出しが嘘でないと確認したかったのだろう。
さっき脱がされたばかりのコートを羽織ると、立ちつくす女をそのままに俺は部屋を出た。
エレベーターホールで、先ほどの相手に電話をかける。
「いいタイミングだった」
その相手というのが、勝平だ。
嘘の呼び出しをしてくるように指示していたのだ。
エレベーターのドアが開き、目の前の鏡に映った自分の姿に思わず顔をしかめた。
女の口紅が口のまわりに付いていたからだ。
ったく、しょうがないな、女ってやつは。
手でこすり落とすと同時に、ちょうどエレベーターはロビー階に到着した。


