「次は勇作と一緒に3人で来い」と天宮先生が言った。
そして私のために祈ってくれる。
温かくて大きな手のひらが頭の上にそっと置かれる。
ここにいた頃、よくこうしてもらってたっけ…
帰りは泰兄が運転してくれることになった。
「一秒でも早くここからずらかりたい」だなんて泰兄ってば。
でもその言い方が子どもっぽくて、かわいく思えた。
今日の彼はいつもの「大人」な泰兄じゃなくて、少年のような泰兄。
「飯でも食って帰るか」
暗い車内で彼の声がそう言った。
「時間、いいの?」
「ああ、俺はな。おまえは?勇作が心配するんじゃないのか」
「そこまでお兄ちゃんはシスコンじゃないわ」
それに今日は千春さんとデートだもの、こんなに早くは帰ってこないだろうし…
「それはどうかな。寒さに震えながら外で待ってるかもな」
鼻で笑うと「何が食いたい」と訊いてくる。
何でもいい…
あなたと少しでも長くいられるのなら…
「泰兄は女の人と食事するのは慣れてるでしょ」
「どういう意味だ」
「女性が喜びそうなところを知ってるってことよ」
暗くて彼の表情はよくわからないけれど、さしずめ苦笑い、といったところ。
「じゃあ、文句は言うなよ」
「言わないわ」
泰兄は賑やかな大通りをはずれ、車一台がやっと通れるくらいの細い路地に入って行く。
「ここに車を置いて、歩いて行くぞ」
そう言って、さっさと車から降りていく。
慌ててシートベルトをはずす私。
他の女の人に対しても、こんな態度をとるのかしら。
ガラにもなく、ドアを開けてあげたりするんじゃないの?
小走りで彼に追いつくと、横に並んでその横顔を見た。
豊浜で見た表情とはまるで違っていた。
少し険しくなった眉間。
彼なりの「鎧」なのかもしれない。
私にもここで生きていくために、そんな「鎧」が必要だから。
私にとっては赤いルージュ、それがそう。


