今日は本当に天気がいいし、寒くない。
「気持ちいい!先生!」
「だろ?若い頃はさ、ブレーキを1回もかけずに浜まで降りてたんだ」
「それやって!」
「はぁ?無理無理、俺ももう歳だし」
「お願いします、1回だけ」
「仕方ないなぁ」
先生は握りしめていたブレーキから手を離した。
途端に私たちの乗った自転車は、スピードをぐんぐんあげる。
私は悲鳴に似た歓声を発した。
「天宮先生!いい加減に子どもみたいなことはやめてください!」
途中で酒屋のツルツルに禿げたおじさんに怒られた。
「すみませーん!今日だけー!」
先生のその声がおじさんに届いたかどうかはわからない。
それくらいの猛スピード。
カーブだって、不思議なくらいに上手に曲がる。
遠心力で吹き飛ばされそうになって、私は先生の腰に手を回した。
風が顔を強く打っていたけれど、心地いいくらい。
懐かしい海の匂いがした。
案の定、彼は浜辺でたそがれていた。
「泰兄ぃぃー!」
私は大きく手を振ると、自転車の荷台から飛び降りた。
「あ!バカ!危ないだろ」
そんな先生の言葉をよそに、泰兄のもとに駆ける。
さらさらの砂が、足をすくいとるようにまとわりついて、うまく進めない。
すぐそこに彼はいるのに、なかなか手が届かない。
やっとの思いで彼の目の前に立つ。
浜辺に吹く風はさっきよりも冷たく感じられたけれど、火照った私にはちょうどよかった。
彼に、自転車で坂を一気に駆け下りてきたことを話した。
泰兄はいつになく穏やかな顔をして笑って聞いてくれる。
きっと海を見ていたからだ、そう思った。
いつもいつも礼拝を抜け出しては眺めていたこの海。
彼にとっては、数少ない心安らぐ場所なのかもしれない。
天宮先生との対面。
握手するふたりを見て、嬉しくなった。
それに気付いたことがあるの。
あれだけ天宮先生が嫌いだって言ってた泰兄は、先生に対してまるですねた子どもみたいな顔をする。
いつもは大人なのに、先生の前では悪ぶった少年のような態度をとる。
きっと彼は先生のことが好きなんだと思う。
でもそれを隠したくて、こんなふうに振る舞うんじゃないかな。
そんなところが、ちょっとかわいい…


