俺は砂浜の流木に腰をかけた。
2月だというのに、思いもかけず陽射しがあたたかくて気持ちいい。
気持ちいい…久々に訪れるこの気持ちの穏やかさ。
俺は寄せては引いてゆく波を、ただただ見ていた。
胸元の煙草をまさぐって、やめた。
ここでは気を紛らわすものなんて、必要ない。
どのくらいそうしてただろう。
「泰兄ぃぃー!!」
風にのってマコの声がした。
振り返ると自転車の二人乗りが見えた。
荷台にまたがったマコがこちらに向かって大きく手を振る。
俺は舌打ちした。
天宮も一緒かよ。
自転車から飛び降りると、彼女は満面の笑みで俺のもとに駆けてきた。
その後を、背の高い細身の男がふらつく足取りで向かってくる。
「ひぃー生きた心地がしなかった」なんて言いながら。
「ねぇ聞いて!天宮先生ったら二人乗りで教会からここまで一気に坂をおりてきたのよ!ブレーキを一度もかけずに!」
興奮気味に話すマコの後ろから、天宮が言った。
「おい、そりゃないよ、真琴。おまえがそうしろって言ったんだろ。おかげで酒屋のおっさんに怒られたじゃないか」
「そうそう。『天宮先生!いつまでも子どもみたいなことをしないでください!』ってね」
マコは腹を抱えて笑っている。
天宮も一通り笑うと、「泰輔」と握手を求めてきた。
仕方なく俺も右手を差し出す。
「久しぶりだな、元気にしてたか。3年ぶりくらいか」
「え?」
マコが目をまん丸にする。
おい、余計なこと言うなよ、施設を出てからおまえには会ってないってこいつには言ってるんだからよ。
「3年ぶり?施設出てから会ってないって…」
さて、どう言い訳しようかと頭をフル回転させていると
「まーこーとー」と防波堤の上で手を挙げる女がいた。
誰だっけ?
見たことがあるが、名前まで思い出せない。
「のぞみー」
マコの曇っていた顔が再び晴れ渡る。
ああ、確か診療所の一人娘がそんな名前だったな。
天宮と診療所の医者が幼なじみで、よくその娘も施設に遊びに来ていたのを思い出した。
マコと同い年で、よくふたりで一緒にいるのを見た。


