それは日付が変わろうとするYesterdayでもことだ。
俺の他に中年の身なりの言い男が、マコのカウンターに座っていた。
「片桐さん、私と特別な契約をしないか」
唐突にその男は言った。
マコは2、3度瞬いた後、柔らかく微笑んだ。
「特別な契約とおっしゃいますと?」
「実は私はこういう者でね」
男は名刺を彼女に差し出した。
マコは俺をちらりと見た後に、その名刺に視線を落とした。
一瞬驚いたように目を見張ったが、俺という「客」の手前その男の肩書きを口にすることはなかった。
だが、マコの表情から隣の男が名の通った人物であるのは確かなようだ。
「君は容姿端麗だし、気遣いもできる。なによりも会話が楽しい。ね、あなたもそう思うでしょ」
その男は突然俺に話を振ってきた。
ウィスキーをなめながら、「ええ」とだけ俺は返す。
「で、本題はここからなんだけどな」
身を乗り出して男はマコに手招きする。
何となく居づらくなった俺はトイレに立った。
男が彼女に耳打ちするのを目の端でとらえながら…
だいたいの内容は想像がつく。
自ら経営するバーに今の倍の報酬で引き抜いてやる、ゆくゆくは店を持たせてやる、その代わり自分の女になれ…といったところだろう。
手を洗いながら鏡に映った自分の顔を見て、俺は噴き出した。
眉間に皺を寄せていたからだ。
なんで俺がそんなことで険しい顔をしてるんだ。
あいつがどうなろうと俺には関係ない。
そう思う心のどこかで、彼女は絶対そんな話にはのらない、という気持ちがあった。
あの瞳が、俺にそう思わせた。
席に戻ると、男は「返事は次に私がここに来た時でいい」と言っていた。
「わざわざまた来ていただくこともありません」
マコは手を前で組んだ。
「大変光栄なお話で恐縮しております」
微笑みを称えた赤い唇がそう動く。
「ですが、このお話はお断りさせていただきたく存じます」
「なぜ?理由を聞きたい」
男は食い下がる。


