「ねぇ、お父さん。何を読んでたの?」
「カクテルの本だよ」
「私にも見せて」
お父さんはその本を私の前で開いた。
そこには色とりどりのカクテルが、様々な形のグラスの中で輝いている。
まるで魔法使いが作ったような、カラフルで夢のような飲み物。
「お父さんには夢があるんだ。いつかMAKOTOって名前のカクテルを作って、おまえにごちそうしてやる」
「ほんとに?やったぁ!私ね、ピンクが好きだからピンク色のやつにして。それでもって、あまーいのね」
「よぉし、任せろ。約束な」
それから私たちは小指を絡め、指切りげんまんをした。
しばらくして、私はお兄ちゃんとジュースを買いに自販機のあるデイルームに向かった。
お父さんのお見舞いに来たときには、いつもこうやってお兄ちゃんとジュースを買いに出る。
「何買おっか」
「コーラ!」
「だめだよ、真琴は全部飲めないから」
「でもコーラがいいの!残ったらお兄ちゃんが飲んでいいよ」
「おまえは要領がいいなぁ」
「なあに、ヨーリョーって」
「ううん、何でもないよ」
お兄ちゃんが自販機のボタンに手を伸ばした時だった。
パァーン
渇いた音が廊下に響いた。
お父さんの病室の方からだ。
パァーン
さらにもう一回。
何かが弾けた、そんな軽い音だった。
軽い音…
ううん、今思い返せば、私たちにとっては悪魔のような音だった。
それから後の事は、頭に霧がかかったかのようにぼんやりしている。
慌ただしく動き回る病院スタッフと、ストレッチャーで運ばれていく血まみれのお父さんとお母さん。
それからパトカーの後部座席に乗せられて、警察署までいったことは覚えている。
あの赤くて変に神経を高ぶらせる赤色灯。
赤、赤、赤。
その色が異様に幼い私の脳裏にこびりついた。
お兄ちゃんは私を抱きしめたまま、警察の事情聴取を受けていた。
ドクン、ドクン、ドクン…
とても早い鼓動。
見上げたお兄ちゃんの顔が真っ白だった。
それに刑事さんの質問に答える声が、微かに震えていた。
でも、私を抱きしめる腕の力だけは、とても強くて…
あの時、とてつもない恐怖の中で、守られているという微かな安心感があったのは確かだ。


