「あなたの言うように、そのカクテルを作る自信がありません。作る資格すら今の私にはありません」
きっと笑われる。
やっぱりな、なんて言いながら。
でも泰兄は静かに目を伏せ、「そうか」と言った。
「マルガリーターをくれないか。あとレモネードも一緒に」
レモネード?
「…かしこまりました」
不思議に思いながら、私は2つのグラスを彼の目の前に差し出した。
彼は口を付けることなく、テーブルの上を滑らせるように隣の席にマルガリータを、もう一つ向こうの席にレモネードの入ったグラスを置いた。
…泰兄?
きょとんとした顔の私に、彼はこう言った。
「好きだったんだろ、親父さん。マルガリータが」
泰兄…
あなたって人は…
前に何気なくお父さんが好きだったって話したことを覚えていてくれたの?
お母さんがお酒が弱いって言ったことも、覚えていてくれたの?
私のこの心の中を、あたたかい風が舞った。
…ああ、私はこの人が好き。
挑発的なことを言ったり、からかったりするけれど、本当はとても優しい。
木から降りられなくなった私を助けてくれた時もそう。
そっけないけれど、あったかい。
何も変わっていないあなた。
今はっきりとわかったの。
私はこの人に恋をしてるって。
誰もいない席に置かれた、マルガリータとレモネード。
そこにお父さんとお母さんが座っているように思えた。
「ありがとうございます」
涙が溢れそうになって、必死に笑顔でごまかしたけれどだめだった。
それを見て見ぬふりをしてくれる彼。
「ありがとう、泰兄」
優しい時間が私たちの間に流れた。


