恵美さんのカウンターの客のグラスの氷が音を立てた。
しばらくの沈黙。
「じゃあ、おまえがそれを作ればいい」
意外なその言葉に手を止め、私は泰兄を見た。
ぶつかる視線。
「どうせ、親父さんの夢を叶えようと思ってたんだろ?どんなカクテルか、おまえだって考えていたはずだ。そのためにバーテンダーになったようなものだろ」
「そうですが…」
彼の言う通り、私はお父さんの夢であった「MAKOTO」をいつか自分の手で完成させたいと思っていた。
ピンク色で、甘くて…
でも今の私が作るとしたら、少しほろ苦いほうがいい。
だってお父さんを思う私の気持ちは、決して甘いものばかりではないから。
「作ってみろよ」
「今から、ですか?」
「命日なんだろ?いい弔いになる」
それはそうだけれど…
「自信がないのか」
ふふん、と小馬鹿にしたように笑う彼。
いつだってこの人は私をこうやって挑発する。
「そんなことはありませんが…」
私も意地っ張りだから、受けてたとうとしてしまう。
彼に背中を向けて、バッグバーを眺めた。
磨かれ、整然と並ぶ百本近いボトルが私を見ている。
自分を使ってくれ、と言わんばかりに。
でも、何も思い浮かばない。
どれを使う?
ステアか、シェークか…
フルーツは?
グラスはカクテルグラス?それともタンブラー?
何も決まってない。
漠然とそのカクテルの色や味は考えていたけれど、いざ作ってみろと言われても何も思い浮かばない。
カクテルに自分の名前を付ける以上、「片桐真琴」とはどんな人間?
お父さんはどういう思いで、そのカクテルを作ろうとしたの?
お父さんがそれを通して伝えたかったメッセージって?
私は泰兄に向き直ると、首を横に振った。
お父さんの代わりに「MAKOTO」を完成させたいと思ってたけれど、お父さんの気持ちも、私自身がどんな人間なのかも全然わかってない。
…わからない。


