階下の真琴のカウンターには、案の定泰輔兄さんが座っていた。
真琴は彼との会話に夢中で、俺が来たことにすら気付かない。
頬を少し赤らめながら、泰輔兄さんを見ては恥じらったように笑う。
俺は螺旋階段を降りた。
「よう!久しぶり!」
マスターの声にやっと真琴はこちらを見た。
びっくりしたような、気まずいような…そんな顔。
恵美さんが「変な男が言い寄らないか心配で、見張りに来たんでしょ」と言った。
あながち間違いでもないし、正解でもない。
だから俺は肯定も否定もしなかった。
真琴のカウンターに近付くと、泰輔兄さんと改めて目が合った。
来たな、そう言いたげな視線。
俺は初対面のふりをして挨拶を交わすと、席をひとつ空けて泰輔兄さんの隣に座った。
真琴はやたらと瞬きを繰り返す。
俺には、泰輔兄さんと会っていることを知られたくなかったか?
どうして?
恋をしているから…違うかい?
とりあえず真琴にカクテルを注文した。
泰輔兄さんがどういう出方をするか…
「妹さんの作る酒はうまいですよ」
俺の意図を汲み取ったのか、他人行儀な言葉遣いで彼は俺に向き直った。
さすが泰輔兄さんだ、俺の思った通りに話を運んでくれる。
「そうですか、それはよかった。よく来てくださるんですか」
「ええ、ほぼ毎日ですよ。ま、本音を言うとお酒よりも妹さん目当てですけど」
そうきたか。
妹を案じるあまり、職場まで押しかけた心配性の兄を演じなければ…
俺は大げさなくらいに目を見開いて、閉口した。
「ぷっ…」
泰輔兄さんのその笑い。
なかなかの演技力だ、そんな感じだろう。
「冗談だよ、勇作」
その言葉を合図に、俺は隣の男性客が「泰輔兄さんだ」と気付くふりをする。
「え?ええ?もしかしてこの前言ってた、似てる人って…もしかして…」
真琴を見ると、大きく頷いている。
「泰輔兄さん!?」
これでいい。
真琴には、今夜偶然彼と再会したと思わせておけばいい。


