彼との話に夢中になりすぎて、ドアベルが鳴ったことにすら私は気付かなかった。
「あれ?久しぶりだね」
マスターの声に、初めて泰兄以外のお客さまに目を向ける。
「いらっしゃいま…」
突如私から笑みが消えたことで、泰兄も同じ方向を見た。
お兄ちゃん…。
そこにはニコニコしながら、こちらに手をあげるお兄ちゃんが立っていた。
「え?あ…あの、どうしたの?珍しいじゃない、ここに来るなんて」
突然のことに、どもる私。
シトラスには毎日と言っていいほど顔を出すけれど、Yesterdayに来るなんてほとんどない。
だってお兄ちゃん、お酒はあまり飲めないし、飲んだら飲んだで朝起きられないから。
「久々に飲みたくなってさ」
なんて言いながら、また笑う。
「とか言って、真琴ちゃんが変な男に言い寄られてないか心配で来たんでしょ?」
恵美さんがからかうように言った。
それを否定しないお兄ちゃん。
「こんばんわ」なんて泰兄に頭を下げて、私のカウンターについた。
彼に気付かないまま、「ビールにしようかな」なんて。
泰兄は苦笑いで、額を撫でている。
「あの、お兄ちゃん。実はね…」
隣の人、泰兄なのよ…
どう切り出せばいいのかわからずにオロオロしていると、泰兄が私を見て小さく頷いた。
俺に任せろ、と言わんばかりの顔で。
「真琴、ビールじゃなくて何かあったかいカクテル作ってくれないかな。身体が冷えちゃって」
「え、ええ」
バックバーからボトルを取り出す私の背後で、泰兄の声がした。
「妹さんの作る酒は本当にうまい。話も上手だし、飲んでて楽しい」
「え?そうですか、それはよかった。よくここに来られるんですか?」
嬉しそうに受け答えするお兄ちゃん。
「ええ、ほぼ毎日ですよ。ま、本音を言うとお酒よりも妹さん目当てですけど」
なっ…!?
思わず振り返った私の目に、完全に固まったお兄ちゃんの姿。


