泰兄がYesterdayに顔を出したのは、それから数日経ってからだった。
またしても私のカウンターにやってくる。
「よぉ」
いくぶんか馴れ馴れしい挨拶。
私は心のどこかでホッとしている自分がいることに気付いていた。
もうここには来てくれないのかと思っていたから。
「また来るって言っただろ。もう来ないと思ったか?それとも、もう来ないほうがよかったか?」
「そんな…」
本当は来てくれて…嬉しい。
「何になさいますか」
「ロブ・ロイを」
ロブ・ロイ…泰兄らしい。
私がバーテンダーになってから、このお酒を何人かに出したことはあるけれど、泰兄ほどこのロブ・ロイがサマになる人はいない。
「かしこまりました」
スコッチ・ウィスキーとベルモットをステアして、カクテルグラスに注ぐ。
そしてチェリーをピンに刺す私の手元を見ながら、彼はこう切り出した。
「あれが勇作か。いい男になったな」
「はい?」
「すれ違ったろ、この前」
ああ、この人は私の隣にいたのがお兄ちゃんだってわかったんだ。
「ええ、兄です」
私は素っ気なく答えながら、ロブ・ロイの入ったグラスを彼の前に置いた。
「あの様子だとまだ結婚してないんだな。相変わらずおまえの世話をやいて」
おまえ、そう言われて心臓が跳ねる。
「片桐さん」から「おまえ」へ。
小さなことだけれど、ドキドキする。
「世話だなんて…でもまぁそうかもしれませんね。私がいるから、兄は恋人もできないんです」
「だろうな」そう言って笑うと、彼はグラスを手に取った。
つられて私も笑う。
「おまえらは、ガキのときからずっとひっついてたからな」
「確かにそうですね」
それ以降、お互いの過去には触れなかったけれど、驚くほどスムーズに会話が進む。
他愛もない話だったけれど…楽しい。
今日は平日で客足も少ない。
私の今夜の「お客さま」は、泰兄だけ。


