「ねぇ」という岸田さんの声に、私は我に返った。
「その陰気だっ言ったお客さん、別に悪気があったわけじゃないと思うなぁ」
鏡を通して、私は背後にいる岸田さんを見た。
「その人もお店やってるんじゃない?」
「ええ、そうです。よくわかるんですね」
「なんとなくね。だからその人、余計に言霊に敏感なのよ」
言霊…
「自分のお店に名前を付ける時にいろいろ悩んだんじゃないかな。自分の経験とか思いがどうしても反映されるから。結局悩んで悩んで決められずに、人に決めてもらうこともあるんだから。私の友達がそう。思いが膨らみすぎちゃうのよねぇ」
「そうなんですか…」
「きっとその人も繊細な人なんだと思うよ」
そうかしら、あの泰兄が繊細?
納得のいかない顔をした私を見て、岸田さんはくすっと小さく笑った。
お兄ちゃんは、というとペチャクチャ話す私たちを優しい瞳で見守ってる。
「はい、できあがり」
そう言われて顔を上げた私。
鏡に映ってるのが自分だとは、にわかに信じられなかった。
先ほどの私とはまるで別人。
女の人ってヘアとメイクでこんなにも変われるんだ、とつくづく思う。
「こら、真琴。自分に見とれてるのか?」
「そんなんじゃないわよ、もう」
図星だったので慌てて席を立ち、コートに袖を通す。
「お世話になりました。実は僕、中央新聞社の片桐と申します。実は後日取材をさせていただきたいと思ってるのですが」
丁寧な口調で名刺を差し出すと、お兄ちゃんはにこっと笑った。
本人は気付いていないようだけれど、あのスマイルは反則。
どんな女の人も、キュンってなっちゃう。
ほら、この岸田さんだって…あれ?
彼女はお兄ちゃんのキラースマイルをよそに、名刺に穴があくのではないかというくらい凝視していた。
「片桐勇作さん…って、まさか竹川小学校で児童会長してたあの片桐くん?」
「そうですが…」
「やだ!私よ、私!岸田千春よ!書記してた」
「嘘!千春ちゃん?」


