小瓶をあけると、ふわっと甘い香りが漂った。
不思議な匂い…
人差し指に、クリームを少量取ってみた。
さらに甘い香りが私を包む。
いい匂い…
自然と口元が緩む。
丁寧に一本一本の指に伸ばしていく。
「真琴、行ってくるよ」
「あ、うん。いってらっしゃい」
咄嗟に小瓶をクッションの下に隠すと、玄関までお兄ちゃんを送りに出た。
「ん?いい匂いだな」
犬のようにクンクンと鼻をならすお兄ちゃん。
「そうか、とうとうか」
なぜか納得したような顔。
「何のこと?」
「やっと好きな人でもできたか?」
「は?意味がわからないわよ!ただのハンドクリーム!」
「なぁんだ。香水でもふりまいて色気づいたのかと思ったよ」
「考えが短絡的すぎるのよ。そんなんじゃ、万年ヘッポコ記者よ」
「それを言われると、マジでへこむんだけど」
「ほうら、早く行かないと。いってらっしゃい」
コート姿のお兄ちゃんの背中を押すと、ドアの隙間から身を切るような冷たい風が入り込む。
「行ってきます」
「うん、気をつけて」
お兄ちゃんは赤錆だらけの階段をカンカン…と下りてゆく。
「そうだ、お兄ちゃん。今度の日曜日、久々にデートしない?」
「デートぉ?なんだ、欲しいものでもあるのか」
「そんなんじゃないわよ。ちょっと遊んであげようと思っただけ。もういいわ」
「あはは、ごめんごめん。じゃ、予定をあけておくよ。真琴と出かけるなんて久々で楽しみだな」
「じゃ、決まりね」
何だか泰兄のことで頭がいっぱい。
だから気分転換に、昼の世界を歩いてみたくなった。
久々にお兄ちゃんと出かけてみよう、そう思い立ったから。
今日何度目かの「いってらっしゃい」を言いながら振った手から、ふんわりとまたあの匂いがした。


