「特に週末はそうです。その日その週の嫌なことを、このYesterdayに置いて帰っていただきたい。そして身も心も軽くなって新しい一日へと踏み出していただきたい。ですから過去を振り返るという意味を私は感じません。むしろ明日へとつなぐ架け橋…」
「なるほど、ね」
それ以上はもういい、そんな感じの言い方だった。
「いくらになる?」
おもむろに泰兄は財布を取り出した。
きょとんとした私にもう一度言う。
「いくらだ」
どうしよう、機嫌を損ねたのかしら…
常々、お客さまを尊重するように心がけているのに…
私としたことが、どうして今夜に限ってこの「客」を否定するようなことを…
それは相手が「相原泰輔」だから。
それしか理由が見当たらない。
「つりはいらない」
またしてもそう言って、差し出した紙幣の上に小さなリボンのついた小瓶を置いた。
「あの…これは?」
「おもしろい話を聞かせてもらった礼だ。それに手が荒れている」
「え?」
「人をもてなすのが仕事だろう。そんな手でグラスを出すもんじゃない。俺が客なら気が滅入る」
その言葉で、私は咄嗟に自分の手を見た。
確かに手の甲は水分がなく、見ただけでもカサツキがわかる。
「いくらうまい酒を作れても、その手じゃ台無しだな」
確かにそうだ。
毎日時間に追われて、そこまで気がまわらなかった。
「一応プロなんだろ?それとも趣味でやってるのか、この仕事」
容赦ない言葉だった。
本当のことだから仕方ないけれど。
それなのになぜか怒りを覚えた。
それが泰兄に対するものなのか、私自身のふがいなさに対するものなのか。
よくわからなかったけれど、顔が熱くなった。
「お言葉ですが」
言い返そうとする私の声にかぶさるように、彼は言った。
「このクリーム、よく効くそうだ」
出かかった言葉を飲み込む。
「じゃあ、また来る」
左こめかみの傷が、キャンドルの光に浮かび上がる。
コツリ、コツリと革靴の音が遠ざかってゆく。
私はその後ろ姿を、呆然と見送った。


