しばらく私たちは無言だった。
こんな時に限って、私のカウンターには他のお客さまがいない。
完全な、ふたりきり…
先ほどのもらった名刺をもう一度見る。
あの泰兄が…
無愛想で、口が悪かった人が…
接客なんて一番不向きだと思っていたのに…
彼の傾けるグラスの中の氷同士が身を寄せ合う音が、そんな事を考えていた私をドキリとさせた。
「Yesterday、か…」
突然、彼がポツリと呟いた。
「ネガティブなネーミングだな」
「なぜそう思われるのですか?」
「過去を振り返ってる」
「過去を?」
「俺なら、こんな陰気な名を自分の店にはつけない」
正直、ムッとした。
そんな言い方しなくても。
「陰気だなんて…」
何か言いたげな私に、彼はおかしそうに訊いた。
「じゃあ、たとえばおまえ…いや失礼。片桐さんが今夜からこの店のオーナーになったとしよう。さあ何と名を変える?」
一度は私のことを「おまえ」と呼んでおいて、わざわざ「片桐さん」と言い直す。
私もさっき「泰兄」と言いかけて、相原さまと言い直したのだけれど。
微妙なこの距離。
言葉を交わすのが久々すぎて、無理もないけれど。
「私は変えません。Yesterdayのままです」
「なぜ?」
なぜって…
目の前の「お客さま」は挑発的な笑みを向けてきた。
昨夜と一緒で、私がどう答えるのか面白がっている。
その態度にますます腹が立って、無意識のうちに声がとがった。
「ここはその日の疲れを癒していただく場だと私は思っております。いらっしゃるお客さまのほとんどが、今日から明日へと移り変わる瞬間をここでお過ごしになります」
「まあな。で?」
続きをどうぞ、と言わんばかりに彼は手のひらを上に向けた。


