チリリリン…
涼やかなドアベルがなる。
その度にドキリとして、顔をあげた。
来るわけない、来るわけないんだから。
そう何度も言い聞かせる。
第一、どうしてこんなに胸を高鳴らせて彼を待っているのか、自分でも変だと思う。
あの時の気持ちが蘇ってしまったとか?
それともあの施設で過ごさなければならなかった、慰め合いの気持ちがあるから?
手のひらでつかんだ氷の塊にピックを振り下ろした時だった。
またしてもドアベルが唄う。
私は顔をあげなかった。
でもむき出しのコンクリは足音がよく響く。
革靴の音とそのリズムから、お客さまは男性おひとりだとわかった。
「いらっしゃいませ」
マスターの落ち着いた声。
「どうぞ、こちらへ」
「いや…」
もうひとつの声がした。
ハリがあって奥行きのある低音。
「今夜はあちらで」
私はゆっくりと近付いてくる足音の方向に視線を向けた。
夢であってほしい、とさえ思った。
夢でなければいいのに、とも思った。
「こんばんわ。片桐、さん」
目を細め、唇の端を少し持ち上げながら、あなたは微笑んだ。
手の中の氷が一瞬で溶けてしまいそうなほどに、この身体が熱くなった。


