「組織があなたのような人間をその『小さな出費』に使うはずがない。俺を動揺させようたってそうはいきませんよ」
「甘いな、勇作。あえて俺がこの件を担うことで、隠れ蓑は隠れ蓑でなくなる。組織の全資金だと馬鹿な警察は思いこむ。何てったって圭条会のブレーン、相原泰輔が扱った裏金だからな。第一、そんなヤバいデータを俺が残してると思うか」
口元を歪め、クックと彼は笑った。
「まだ他に莫大な資金を隠していると?」
「ああ、警察がその金の流れを突き止めるのは難しいだろうな」
雲の上を歩いているような感覚に襲われた。
膝に力が入らない。
「だがまぁ、これでおまえのマコを俺から引き離したいという願いは叶うわけだ」
肩をすくめながら、泰輔兄さんは俺に歩み寄った。
「満足か?満足だろうな」
そして俺の耳元で囁いた。
低くて、そして少しかすれた声で…
「おめでとう」と。
彼の遠ざかる靴音を聞きながら、俺は激しい頭痛に顔を歪めていた。
あまりの痛さに吐き気も覚える。
だめだ…
やっぱり泰輔兄さんにはかなわない。
何をやっても、だ。
先ほどまでの高揚感はすっかり消失し、代わりに底なしの絶望感が俺を支配していた。
真琴を取り戻しても、まんまとおとりをつかまされた俺は完全なる「敗者」だ。
乱れた呼吸を何とか整えると、俺は一歩一歩を足を踏み出した。
だけど、ここで何もかも投げ出すわけにはいかない。
真琴を愛するがゆえにやったことだ。
翠を利用し、危険な目に遭わせてまでここまで来たんだ。
良心の呵責を捨ててまで俺は突き進んだ。
ここで止めたら真琴への愛はそんなものかと、それこそ泰輔兄さんに馬鹿にされる。
だから、負け犬は負け犬なりの抵抗をする。
少しでも悪あがきしてやろうじゃないか。
俺は夜の街に背を向け、歩き出した。


