日が暮れてから、俺は翠の入手した圭条会の隠し資金、52億の詳細なデータの入ったメモリを持って出かけた。
これからが正念場だ。
泰輔兄さんも馬鹿じゃない。
北村翠が真琴の前から忽然と姿を消したとわかれば、全てに気付くだろう。
どうすれば短時間で泰輔兄さんを、そして圭条会という組織をとことん追い詰めることができるだろうか。
この証拠をどう活かすかが、最大のポイントになってくる。
「やってくれたな」
その声に張り巡らされていた思考が一旦停止する。
顔を上げると、目の前には不敵な笑みを浮かべた相原泰輔が立っていた。
予想以上に早いおでましだった。
「何のことですか」
「とぼけるな、全部わかってるんだ」
「ははっ。随分早くバレちゃったんですね。これは俺の計画ミスですね」
「左利きの婚約者に言っておけ、痕跡は完璧に消しておけ、とな」
「婚約者?そんな女性、俺にはいませんよ」
「なるほど、彼女も騙したってわけか」
「人聞きの悪いことを言いますね。彼女が勝手に婚約してると思いこんでるんでしょう。いい迷惑ですよ」
「勇作」
もう彼の顔には微塵の笑みもなかった。
「おまえはマコを傷付けることだけは決してしないと思ってたが、それは俺のかいかぶりだったか」
その言葉を俺は鼻で笑ってやった。
「言ったはずですよ。真琴を取り戻すためには何だってするって。たとえそれがあいつを悲しませることになっても、俺には何の迷いもためらいもありません」
「マコは、おまえと北村翠が結婚するものだと信じ込んでいる」
「相変わらずだなぁ、真琴はすぐに人を信用する…」
そう言って笑う俺の胸ぐらを、泰輔兄さんは勢いよくつかんだ。
「勇作、おまえ…!」
「泰輔兄さんに俺を責める権利などないはずですよ。あなたが圭条会の人間だというだけで、真琴は充分に傷付いてる。今も、これからも傷付いてゆく。違いますか?」
ふっと胸元が緩む。
乱れた襟元をただしながら、俺はひとつの提案をした。
「取引しませんか」
完全に俺は、彼よりも優位に立っている自信があった。
「圭条会だって52億もの裏金が発覚して全額没収になれば、大きな痛手でしょう」


