部屋に入ると、マコが驚いた中にも嬉しそうな顔で出迎えてくれた。
「随分早かったのね。仕事に出るまえに会えてよかったわ」とにっこりする姿を見ると、今日の無駄足の疲れも吹き飛ぶ。
コーヒーを淹れてくれと頼むと、「あなたみたいにうまく淹れられないわ」と言う。
「それでもかまわない」と答えて、俺は着替えをするために寝室に向かった。
上着を脱ぎ、部屋の一角に置いてあるパソコンを起動させようとして違和感を感じた。
それが一体何なのかに気付くのに、さほど時間はかからなかった。
「おい!」
突然戻ってきた俺の剣幕に、たじろぐマコ。
「俺の留守中に誰かここに来たか」
「あの…」と一度下唇を噛むと、彼女は申し訳なさそうに先ほどまで北村翠がここで休んでいたことを明かした。
「ごめんなさい、あなたの留守中に。だけど、翠さんね妊娠してて、つわりもひどいようだったし…」と話し出した。
「彼女はずっとこのソファーで横になっていたのか」
「いいえ、吐き気がするとかで、トイレに…」
「トイレだと?」
俺の顔がさらに険しくなったのだろう、「それがどうかしたの?」とマコが恐る恐る訊ねてきた。
「…いや、何でもない」
再び寝室に戻った俺は確信した。
北村翠は意図的にトイレを貸してくれと言って、この部屋に入ったに違いない。
そして俺のこのパソコンを調べた。
なぜなら、いつもなら右側に置いてあるマウスが左側に移動させてあったからだ。
マコはわざわざこんなことはしない。
する必要がない。
俺もあいつも右利きなのだから。
とすると、あの地下のエレベーターでフラッシュメモリを落とした女が北村翠か…
俺はすぐさまパソコンのデータを調べた。
北村翠の狙いはすぐにわかった。
俺と高雄のメールのやりとりだ。
そこには、香港に開設した銀行口座の残高も事細かに記されている。
しかし相手も相当焦っていたのだろう、データコピーの記録を消去し忘れている。


