「だからさ、生い立ちなんて関係ないってくらいに仕事のできる男になりたいんだよ。今追ってる件がスクープになれば、俺は間違いなくローカルから抜けられる。そうなれば胸を張って君のご両親に結婚を許してほしいと言えるんだけどな」


ちらりと翠を見ると、何かを考え込むように小さく唸った。


右の目尻のほくろが、色白の肌のせいで目立つ。


「私にできることはない?」


「君は充分やってくれたよ」


「ううん、まだ何か役に立てることがあるかもしれない」


「翠」


俺は彼女を抱き寄せた。


思ったとおりだ。


結婚をちらつかせると、彼女は俺の思い通りに動いてくれる。


「ありがとう、でももういいんだよ。後は俺が何とかするから」


「嫌よ、私も協力したいの。ここまで一緒にやってきたんだから。次は何をすればいい?」




数日後、俺はある場所に向かっていた。


梅雨に入り、毎日のように雨が降り続く。


行く手を阻むように、大きな水溜りが目の前に横たわっていた。


水面は絶え間なく落ちてくる雨の滴で、いくつもの輪が広がっては消えていた。


参ったな、革靴で来るんじゃなかったな。


爪先立ちでかろうじて水溜りの浅い箇所を選んで歩く。


何とか渡り終えると、俺は先に進んだ。


今日は両親の…正確に言えば俺の養父母、片桐夫妻の月命日だ。


毎月とはいかないものの、できるだけ墓参りには出向くようにはしている。


真琴もきっとそうだ。


俺とは顔を合わせないけれど、毎月ここにやってきては新しい花を供えてくれているようだ。


ここだけが、俺と真琴をつなぐ唯一の場所…


片桐家の墓は、寺の敷地の一番奥に位置していた。


こんな雨の平日に墓参りだなんて、俺くらいなもんだろうと思っていたが、駐車場に一台の黒い乗用車が停まっていた。


高級車で墓参りか、結構なご身分で。


泥水の跳ね上がった自分のズボンとその車を見比べて、俺は嫌味めいたことを思った。


気を取り直して、傘を持つ手を変えた。


無数の小さな水溜りをよけながら、整然と並んだ墓石の間を進んでゆく。


ここを通るたびに、いつも無性に父さんと母さんが恋しくなる。


雨の中、俺が小学校から帰ってくると、いつも母さんはタオルを玄関先まで持ってきてくれて「おかえり」と言ってくれた。


今ではソファーに座った父さんが「今日は学校どうだった」と微笑んで訊いてくれた。


自分はひとりじゃない、こんなにも優しい家族がいるんだ、そう全身で感じていた幸せな頃を最近やけに思い出す。


女々しいやつ、そう他人から言われても仕方ないほどに…