橘さんとゆり子さん。
あれからどうなったかというと、ふたりの間に目立った変化はない。
いつもと同じ時間に橘さんがシトラスにやってきて、コーヒーを飲みながら読書をする。
それを優しい眼差しで見つめるゆり子さん。
ここまでは以前と何ら変わりない。
でもたったひとつ大きな変化が。
彼が読み終わった本をゆり子さんに「おまえも読んでみるといい」と渡すようになったこと。
「ええ、そうします」なんてちょっと頬を赤らめながら受け取る姿は、私なんかが見ていてもじれったい。
でも微笑ましい光景であることに違いない。
大切そうにその本を胸に抱きながら、彼を見送るゆり子さん。
ああ、彼女はとてつもなく今幸せなんだな、って思う。
「橘さんはどんな本を?」
その問いにゆり子さんは表紙を見せてくれた。
今話題の推理小説。
「へぇ、意外ですね。もっとこう…難しいものをイメージしてました」
「こんなのは最近になってからよ。少し前までは古典文学だとか海外のものをよく読んでいらしたわ」
「じゃあ、ゆり子さんに合わせてそれを…」
真っ赤な顔で奥に入ってゆく彼女は、まるで少女のよう。
橘さんもきっとゆり子さんとたくさん話がしたいのね。
でも口下手だから、まずは共通の話題からってことで、あの「推理小説」。
確実にあのふたりの愛は育ってる。
私たちも負けてはいられない。
「本当に素敵なふたりなのよ」
私が泰兄の髪をいじりながらそう言うと、目を閉じたまま彼は「ああ」とだけ言う。
「ね、聞いてるの?橘さんはゆり子さんの話は、ちゃんと目を見て聞いてるわよ」
「聞いてるさ。だけど、おまえ、あまりあのふたりのことをジロジロ見るんじゃない。失礼だろう」
「わかってる」
ベッドから起き上がった彼はまだ横たわる私を見下ろした。
「もう少ししたら、直人さんのところに俺たちのことを報告に行く。いいな」
「ええ」
よし、と満足げに頷く彼の頬に、身体を起こしてキスをした。