隣で眠る愛しい人のこめかみの傷にそっと触れる。
すべてはあの時に始まったのね。
木の上から飛び降りる私を抱き止めてくれたあなた。
今はこうやって私の未来も過去もすべてを抱きしめてくれている。
もう何も怖くない。
あなたさえいてくれたら…
愛してる、私たちにはそれだけあればもう充分。
「なんだ、まだ物足りないのか」
寝てるものとばかり思っていた彼が口を開いた。
「おっ…起きてたの?」
目を閉じたままの彼の長い腕が、私の腰に伸びてくる。
そして私は、また泰兄の胸につかまってしまった…
私を襲った犯人がわかっても、彼は勝平さんを私につけたままだった。
そのことに関して、私はもう何も言わない。
それが彼の愛の表現なんだとわかったから。
犯人の名を告げた彼は「俺のせいだ、すまない」って頭を下げた。
気にしてないからって言ったのに、何度も何度も「すまない」って…
胸が痛くなった。
だから彼が私にしてくれることに、もう何も言う気はない。
勝平さんの赤ちゃんは女の子。
泰兄と一緒に産科の病院にお祝いに行った。
彼女とは出産を機に入籍したそうで、そのお祝いも兼ねて足を運んだ。
泰兄ははじめ「なんで俺が行かなきゃいけないんだ。あいつが挨拶に来るのが筋だろう」って嫌がっていた。
生まれたばかりの赤ちゃんを連れ歩くなんてできないでしょ、と説き伏せるが大変だった。
でも、赤ちゃんを見たときの彼の顔。
少し頬が緩んだのを私は見逃さなかった。
そして彼はそっと指を差しだしたの。
ぎゅっとそれをつかむ、小さな小さな生まれたばかりの命。
私たちの訪問に勝平さんと奥さんのほうが感動して「ありがたいです、泰輔さんの手を握らせてもらえるなんて」って頭を下げているのがおかしくて、笑ってしまった。
まるでアイドルに握手してもらった中学生みたいで。
そんな彼に、泰兄も苦笑い。
「抱っこしてもいいですか」
私は奥さんに訊いた。
もちろんです、頬に赤みをさしながら彼女は笑ってくれた。
抱っこすると意外に軽くてふにゃふにゃしてて、少し動いただけでタオルケットで包んでいないと手から滑り落ちてしまいそうだった。
「あ、いい匂い…ミルクの甘くて懐かしい匂い」
そんな私に勝平さんが意外そうな顔をした。
「懐かしい?」
「ええ。私、児童養護施設出身なんですけど、いろいろな事情がある赤ちゃんもそこにいたんです。かわいくて、女の子同士でで取り合って抱っこしたくらい。その時もこんな甘い香りがしたわ」
そうだったんですか、と気まずそうな勝平さんに泰兄が言った。


