数分後。
勢いよくドアが開き、いつもは優しく音色を奏でるドアベルが悲鳴を上げるように鳴り響いた。
肩で息をする男性。
額に汗をにじませている。
「…橘さん」
ゆり子さんはとまどい、目を大きく見開いた。
白かった頬に赤みがさす。
すぐにまたドアが開いて、次は泰兄が現れた。
「鶴崎組長」
乱れた息を何とか整えながら、橘さんは鶴崎組長の席へと大股で歩みよった。
「おお、直人じゃないか。どうした。ルリに何か言われたか?」
突然の彼の登場に驚いたのはゆり子さんだけじゃない。
鶴崎組長も目がまん丸だ。
きっと奥様のルリさんに告げ口されると思ったのか、若干気まずそうにも見える。
ゆり子さんは涙で潤んだ瞳を橘さんに投げかけるのに、彼は目を合わそうともしない。
一直線に組長のもとへ向かう。
私は泰兄を見た。
何とかして、そう目で訴えた。
でも彼は「黙って見てろ」と言わんばかりに、小さく首を横に振っただけ。
このままじゃ…
私は視線を戻した。
緊迫した空気。
橘さんは鶴崎組長の前まで来ると、突然膝をついた。
予想外のその行動に、口を両手で覆って後ずさるゆり子さんと、とまどう鶴崎組長。
その中で彼は言ったの。
低いけれど、でもはっきりとした声で。
「組長、こいつは俺にとってはかけがえのない女です。ですからどうか…」
額を床にすりつけるほどに頭を下げる。
「どうかお許しください」
しんと静まり返る店内。
「今まで散々目をかけていただいたことに対して、この身を賭して報いるつもりです。でもどうか、組長。この女だけは…この女だけはお許しください…!」
ロマンチックな愛の告白じゃなかったけれど、
無器用な言い方だったけれど、私には確かにこう聞こえた。
「ゆり子を愛してる」って。
「どうか、お許しください!」
かすれた声が、橘さんの必死な想いの表れのような気がした。
重くて、息をするのも苦しいほどの雰囲気。
それが永遠に続くかもしれない、そう思った時、鶴崎組長が「直人」と口を開いた。
呼ばれても一向に彼は顔を上げない。
「てっきりルリに言われて、俺を連れ戻しにきたのかと思ったぞ」
誰も何も答えない。
「直人がなぁ…こんなことまでするなんてな」
参ったな、と一度頭に手をやった組長は、背筋を伸ばした。
「知らなかったとはいえ、おまえの大事な女性にこんなことをしてすまなかった」
鶴崎組長…
「君にも失礼なことをした。申し訳なかったな。今までの話は忘れてくれ」
組長はゆり子さんにも謝ると席を立った。
橘さんは以前として頭をさげたまま。


