そこには無表情と言っていいほどの冷たい表情があった。
大丈夫、と唇だけが、そう動いた。
「さぁね、見ませんでしたけど。その女性が何か」
ケンちゃんは男に背を向けたまま、声を張り上げた。
その声が彼の胸を伝わって、私の耳にそして全身に届く。
「いや、たいしたことはない。すまなかったな、邪魔をして」
「くそっ、あの女どこに行きやがった。ちょこちょこしやがって!」
何かを蹴り倒す音が、静まり返った通りに響いた。
男たちは急いだ様子で、来た道を戻って行った。
その足音が遠くへ、そして聞こえなくなるまで私たちは息を潜めたままじっとしていた。
「…あの…」
おもむろに彼の胸から離れる。
「ありがとう、助けてくれて…」
抱き合っていた気まずさから顔を上げることはできなかったけれど、彼が私を見ていることだけはわかった。
「あんた、何やらかしたの。あんな連中に追われて」
私だってよくわからない。
以前襲われた時に男が言った「相原の女だろ」。
やっぱり原因は私が泰兄と付き合ってるから…なのかもしれない。
黙っている私に向かって「ま、いいけど」と、彼はまたしても軽い口調で言った。
「本当にありがとう…」
ホッとしたのか、足の力が抜けて後ろによろめく。
「しっかりしろよ」と再びケンちゃんの手が私の腕をつかんだ。
「安心したら、つい…」
ふっと彼に笑みを向けた。
先ほどと同様の冷たい表情に、チカチカと切れかけたネオンの点滅光が当たる。
「もう平気だから」
なかなか手を離してくれない彼に、私は途惑いを感じ始めていた。
「あの、ケン…ちゃん?」
手を…離して…
ゆっくり近付いてくる彼の顔には、まだあどけなさが残っていた。
何?何なの…
やめて、そう口が動く前に「そこまでですよ」という一番聞きたくて、それでいて一番聞きたくなかった声がした。
みるみるうちにケンちゃんの頬が緩む。
それは幼い子どもが、イタズラが見つかった時のきまずさを隠す時のようなものだった。
「そこまでで勘弁してもらえませんか、花屋のケンちゃん。いえ…」
「あの人」が、冷めた目で私たちを見ていた。
「鶴崎組次期組長の、鶴崎健吾さん」


