いつからだろう…
泰兄を遠くに感じるようになったのは。
あんなに愛し合って同じベッドで眠っているのに、ふと目を覚ますと彼はいつも私に背を向けている。
目を閉じたあなたを、寝顔のあなたを、私には見せてくれない。
その代わりに背中の龍が、あの哀しげな瞳で私を見てるの。
いやよ、そんな目で見ないで。
あなたと見つめ合うために、泰兄のそばにいるんじゃない。
ねぇ、泰兄。
お願い、こっちを向いて。
私を見て。
あなたの心が遠くて、何も感じないわ…
ふたりでいても、ふたりがつらい…
ひとりでいれば、なおさらつらい…
せっかく触れあっていた心が遠ざかる。
同じ景色を見ているはずなのに、違ったものを見ている気がするのは私だけ?
土手を散歩してから、いつものように勝平さんにマンションの部屋の前まで送ってもらう。
「あがってください、お茶でもどうぞ。彼もいると思うから」
私がそう言っても、勝平さんは「家であいつが待ってますから」と頭を下げた。
そうだった、彼女のお腹には赤ちゃんがいるんだものね。
「今日もありがとうございました」
礼を言ってから玄関の重いドアを開ける。
中に入り、扉が完全に閉まるまで彼はきっとこうやって頭を下げているに違いない。
なんて真っ直ぐで正直な人なんだろう。
その素直さが泰兄に少しでもあれば…
小さなため息を漏らしてたたきに目をやると、見慣れない男物の革靴が一足。
奥から泰兄と重なり合うもう一つの声。
リビングをのぞくとソファーに腰かけていた男性が立ち上がった。
「奥様でいらっしゃいますか」
歳は泰兄とさほど変わらない。
「いえ、私は…」
何なんだろう、私の存在って…
しどろもどろの私に代わって、泰兄が「まぁ、そのようなものです」と答える。
テーブルの上にはなにやら書類がたくさん広げられていた。
「すぐにお茶を」
私がキッチンに入ろうとすると、その客人は「いえ、おかまいなく。もう失礼しますので」と手を小さく振った。
それから泰兄と一言二言交わすと、握手をした。
「それではタカオさん、よろしくお願いします」
タカオ、それがこの男性の名前らしい。
「こちらこそ」
にこやかに笑うと、彼は私にも丁寧に頭を下げて去っていった。
「今の人は?」
「次の仕事で世話になる人だ」とだけ言うと、彼は寝室に入った。
きっとまたパソコンの前に座ってる。
私たちは、話が続かなくなっていた。
前はこんなことなかったのに…


