「何だよ、何泣いてんだよ」
振り返った泰兄はぎょっと目を向いていた。
「男の子じゃないもん、女の子だもん」
涙が溢れる目で、私はにらんだ。
目の前の少年を、ううん、もうこの頃の泰兄は青年と言ったほうが正しいのかもしれない。
「わかった、わかったから泣くなよ。めんどくせぇなぁ…ガキってやつは」
そう言って困り顔で額を撫でた。
何度も、何度も。
「私、女の子だもん」
「ああもう…!じゃあ、こうしようぜ」
泰兄はしゃがみこんで、目線を私に合わせた。
「マコトだろ?これからはマコって呼ぶからさ。それでいいだろ?そしたら女みたいな名前じゃん」
「マコ…?」
「な?いいだろ、それで。今日からおまえはマコだ」
マコ、かぁ…
うん、かわいいかも。
やっと笑った私に、泰兄も笑った。
そして「今日からおまえはマコだ」って言って、ふわりと大きな手が頭に降ってきた。
びっくりした私はちょっと身を引いてしまった。
それを見てさらに微笑む泰兄。
口元を少し歪めて、目を細める。
そしてお兄ちゃんのしっとりとした柔らかなものとは正反対の、ちょっとごつごつして固い手のひら。
でもそれは、とてもとてもあたたかかくて…
頭のてっぺんが熱くなって、少しドキドキした。
うまく言えないけれど、お兄ちゃんとは違う何かを持っていた。
そしてこうも思った。
この人、もっとみんなの前でも笑えばいいのに。
すごくかっこいいのにって。
みんなは知らない。
泰兄がこうやって笑うってことを。
でもその笑顔が少し寂しそうなことも知らない。
マコ、マコ、マコ…
新しい名前を付けてもらったようで嬉しさのあまり、私は泰兄に昨晩のことを謝るのをすっかり忘れてしまっていた。
そして、ありがとう…その言葉さえも。
それ以来、泰兄が18歳でなつみ園を出て行くまで、口を利くことはなかった。
マコって言ってほしくて無駄に彼の周りをウロウロしてみたり、目でその姿を追っていた。
今日は…今日はマコって呼んでくれるかも…
明日は、明日こそはそう呼んでくれるかもって…
ずっと待ってたのに。
結局彼の口から「マコ」という言葉を聞くことはなかった。


