その日の夕方、私は泰兄が学校から帰ってくるのを門の前で何時間も待っていた。
辺りはしだいに紅に染まってゆく。
長い影が坂道に見えた。
泰兄だ…
かばんを片方の肩にかつぐようにして歩いてくる。
逆光で表情まではわからない。
私は緊張して、手を握りしめた。
スニーカーを引きずる音が、だんだん近付いてくる。
泰兄…
そう呼びかけようとしたけれど、声が出なかった。
左のこめかみに大きなガーゼが貼り付いている。
泰兄はまるで私のことなど視界に入っていないかのように、横を通り過ぎた。
「待って!」
うわずった声に、ようやく彼は振り向いた。
「けが…大丈夫?」
「ああ」
「痛かった?」
「別に」
「そうなんだ…」
「おい、そんなとこにいたら、またいなくなったって大騒ぎになるぞ」
「うん…」
歩き出した泰兄の後ろをトボトボとついてゆく。
7歳になったばかりの私には、その後ろ姿がとても大きく見えた。
「おまえさ、マコトって名前なんだろ?昨日初めて知った」
1年以上も一緒に生活してるのに?そう思った。
「うん、そうだよ」
「男みたいな名前だな、マコトって」
そう言って、クククッとかみ殺したように笑った。
カタギリマコト…
私はこの名前が嫌いだった。
彼の言う通り、マコトって大抵は男の子に付けられる名前。
幼稚園でも、小学校でもよくからかわれた。
もっと女の子らしい名前がよかった、それが本音。
でもお父さんとお母さんが残してくれた大切なもの。
嫌だって思っちゃいけないんだけど…
でも真琴という名前がとても嫌い。
そして名前を嫌いと思う自分がもっと嫌い…
そんな幼心の葛藤に、泰兄のその一言は効いた。
悔しくて私は泣き出した。


