小さな明かりの中で、黒い漆塗りのベッドに皺一つなく敷き詰められた真っ白なシーツが浮かび上がる。
その上に、濡れたままの私たちは身を預けた。
「旅館の人に怒られちゃうわ。ベッドをこんなにしちゃって」
「文句を言われたら、金を払うまでだ」
「嫌な客」
「うるさい」
私の唇は再び塞がれる。
泰兄の追い立てるようなキスの嵐に、応えるのが精一杯だった。
彼の吐息にくすぐられ、思わず身をよじる。
濡れてしまったシーツの冷たさが、火照った今の身体にはちょうどいい。
ねぇ、泰兄。
私、あなたが憎いわ。
こんなにも私を虜にするあなたが。
そして怖いの。
あなたのいる世界は、明日をも知れぬ世界。
いつ私の前からいなくなってしまうのか、わからないもの。
そうなった時、私はきっとどうしていいのかわからなくなる。
まるであなたは陽炎のような人。
つかみどころがなくて…
でも心惹かれる…
「もう離さない」
耳元を熱を帯びた泰兄の声がくすぐる。
「…離さないで」
ひとつになった時、この身体の真ん中を突き抜ける痛みに私は爪を立てた。
ああ、何も考えられない。
あなたのこと以外、何も考えられない。
泰兄…
この熱いめまいはあなたのせい…
私を包むたくましい腕。
雨のように降り注ぐ口づけは時に強く、時に優しく甘い。
初めての経験にとまどいつつ、私たちは抱き合ったまま朝を迎えた。
隣で眠る泰兄。
空も白みはじめたのだろう、カーテン越しに外の光が室内に入ってくる。
その中でぼんやりと彼の顔が浮かび上がる。
私はそっと彼の左のこめかみに触れた。
周りの皮膚の色とは少し違う、みみず腫れのような太い筋。
木に上って下りられなくなった私を助けるために作った傷。
一生消えない傷跡。
「…ごめんね」
私は再び、彼の胸に顔を埋めた。
すると、う…んと唸りながらも泰兄は私を強く抱きしめ、そのまま寝息を立て始めた。
帰りの車の中。
前方を見たまま、彼は言った。
「一緒に暮らさないか」と…


