翌日、約束通り泰兄はアパートまで迎えに来てくれた。
高速で1時間、下りてからも1時間。
私たちは山間の静かな温泉宿に着いた。
純和風作りの建物にはいくつかの離れがあり、その中の一棟に通された。
部屋に入った瞬間に香る、清々しい畳の匂い。
庭が一望できる大きな窓。
「すごい、庭に露天風呂がついているのね」
初めてこういうところに来た私は、興奮しっぱなしで肝心なことをすっかり忘れていた。
「ステキね」なんて言いながら、のんきに縁側から外に出てみる。
屋根のついた岩風呂にはすでに湯が張られ、湯気が立ち上っている。
そこに手を浸してみて初めて気付いたの。
お風呂、このひとつだけ、よね…
部屋には…なかったわよね…
振り返ると、泰兄は悠然と縁側に置かれたソファーでタバコをふかしている。
とまどいながら戻った私は,部屋を見渡した。
10畳以上はある部屋の奥のふすまに目がいく。
もう一部屋あるみたい。
私は、そこを開けた。
でもすぐにピシャリと閉める。
だってそこには、天蓋付きの大人二人が横になるには充分すぎるほどの大きなローベッドが置かれていたから。
私…
私、本当に泰兄とここで一晩過ごすの?
激しく打つ胸に、冷静ではいられない。
「さっきから何をそんなにソワソワしてるんだ」
煙草を灰皿に押しつけると、彼は苦笑しながら立ち上がった。
落ち着いていられるわけ、ないじゃない。
「お茶でも淹れるわ」
そうは言ったものの、何だか心は上の空。
座卓をはさんだ向かいであぐらをかく彼は、黙ったまま湯呑みを口に運ぶだけ。
何か言って…気まずいじゃない。
「天宮先生ね、胃潰瘍だったらしいわ」
「あれだけ深刻なムードで胃潰瘍かよ。ふざけやがって、あいつ」
ズズッとお茶をすする彼。
誰よりも天宮先生のことを心配してた。
素直に「たいしたことなくてよかった」と言えないのが、この人。
でも言葉とは裏腹に、ホッとした表情を浮かべているところがかわいいと思う。
ドキドキしてしまう。
「ね…泰兄は温泉好きなの?」
次の話題が見つからず、自分でもトンチンカンな質問だと思ったけど仕方ない。
「まあな」
湯呑みを静かに置くと、彼はこう切り出した。
「おまえに見てほしいものがある」と服を脱ぎだす。
「ちょっ…ちょっと待って…!」
「いいから黙って見ろ」
私は恥ずかしくてうつむいてしまった。
やだ…もう…
「顔をあげろ」
そう言われて、私は恐る恐る視線を彼に戻した次の瞬間、息が止まりそうになった。