「離して!」
「嫌だ!」
俺はとうとう超えてはいけない一線を超えてしまった。
その唇を奪ったのだ。
それでも抵抗し続ける真琴。
彼女の唇は、俺から逃げようと必死だ。
そしてこう言ったんだ、漏れる息のような声で。
「助けて…泰兄…」って。
それを聞いた途端、俺の腕から嘘みたいに力が抜けた。
同時に真琴も崩れ落ちるように、その場に座り込む。
俺ではなく、「泰兄…泰兄…」と彼の名を呼びながら涙を流している真琴。
情けなかった。
そして泰輔兄さんに激しく嫉妬した。
なぜだ。
なぜ両親を奪った連中の仲間を、おまえは愛したんだ?
どうして泰輔兄さんだったんだ?
どうして俺じゃだめなんだ?
ずっとおまえのそばにいたのは、この俺じゃないか…
満開の桜並木の下を手をつないで通った春も、
太陽に微笑むひまわり畑で走り回った夏も、
夜に鳴く虫の声に耳を澄ませた秋も、
身を寄せ合って寒さをしのいだ冬も…
どんなことがあっても俺たちは一緒に生きてきたじゃないか。
それなのに…
真琴、よりによっておまえの愛した男は…
どんなことよりも、ひどい裏切りにしか思えない。
彼女への愛しい想いと背中合わせの、憎しみにも似た感情が心の奥で渦巻いていた。
「帰って…」
「真琴」
「帰ってよ!もう二度と顔も見たくない!」
顔をそむけ、彼女は叫んだ。
「お兄ちゃんなんて、大っ嫌い!」
それは俺にとって聞く初めての真琴の言葉だった。
大っ嫌い、か…
そう言われても当たり前のことをしてしまったのに。
俺はその一言で全てを失ってしまったような気がした。
兄としての立場も、真琴を愛し続ける資格も…
失ってしまった気がしたんだ。


