「座って。そうだ、コーヒーでも飲む?」
そう勧められたけど、俺はダイニングに立ったまま。
突然の訪問に驚いたのか、真琴は落ち着かない様子でしきりに髪をかきあげたり、目を泳がせていた。
ちらりと見えたおにぎりや卵焼きを見て「弁当、作ってたの?」という俺の問いに、彼女は慌ててその弁当箱のフタを閉めた。
そして気まずそうに向き直る。
「友達がね、入院しちゃったの。病院の食事があまり口に合わないって言うもんだから…」
そしてごまかすように「贅沢よね」と言って笑う。
「それでシトラスもYesterdayの仕事も休んで、せっせと見舞いに行ってるのかい」
皮肉をこめずにはいられなかった。
俺のそんな様子に黙りこくった真琴。
その沈黙で確信する。
真琴は泰輔兄さんとヨリを戻したんだって。
鍋の噴きこぼれる音がするまで、俺たちはお互いうつむいたまま無言だった。
コンロのスイッチを切った真琴は「仕事休んでるの、バレちゃったのね」とあえておどけて言う。
「1週間お休みをもらったの。来週からはちゃんと出るつもりよ」
「彼のために?」
「え?」
「泰輔兄さんだよ!あの人のために、仕事まで休んでこんなことしてるのか!」
「声が大きいわ」
「どうなんだよ!別れたはずじゃなかったのか!」
誰が聞いていようと、かまわない。
湧き上がってくる怒りと嫉妬を俺は抑えきれなくなっていた。
「あの人の正体を知っていて、どうしてこんなことができるんだよ!」
「お兄ちゃん、やめてっ」
俺は、置いてあった弁当箱を手で払いのけた。
重たそうな音を立てて、床に落ちた弁当箱とその中身。
「…ひどい」
しゃがみこんで、素手で無惨に散らばったおかずを拾いながら、真琴は震える声で言った。
「ひどいわ…」
「ひどい!?何を寝ぼけたことを言ってるんだ!あの人は圭条会の人間なんだろ?なのにどうして真琴が彼のためにこんなことするんだ!」
何も答えず、黙々と汚れた床を片付ける真琴。
「それに危険だ、あんな連中と関わるのは」
それでも彼女は無言を貫く。
「いいかい、あいつらのせいで俺たちがどれだけ苦労したと思ってる?どれだけ哀しい思いをしたか忘れたわけじゃないだろう?俺たちから父さんと母さんを奪っただけじゃない、平凡な幸せも未来も奪ったんだ。なのになんで…」
「わかってるわよ!そんなこと言われなくても、私だってわかってる!だから苦しんだんじゃない!」
立ち上がった真琴は、目の周りを真っ赤にして俺を睨むように見据えた。


