「ふふっ、泰兄、ヒゲが痛い」
「そうだな、しばらく剃ってないからな」
顎を撫でる彼を間近で見る。
こんな無精ひげ姿の彼を見るのは初めて。
いつだって私が見てきたのは「完璧な泰兄」。
でもここにいるのは、「不完全な泰兄」。
それがどうしようもなく、愛しい。
見つめ合った私たちはごく自然に唇を重ねていた。
すこしかさついた彼の唇。
でも情熱的なキスはそのままで…
私を激しく追いかけてきた。
「うおっ」
背後でバサッと何かが落ちる音とともに、驚いた声がした。
慌てて泰兄から離れて身をひるがえすと、そこには真っ赤な顔をした勝平さんが固まっていた。
見られた…?
恥ずかしさのあまり、どうしていいのかわからずうつむく私とは正反対に、泰兄は「ノックくらいしろよ、いいとこだったんだぜ」と笑う。
「すっすみません。一応ノックはしたんですが、小さかったんですね。すみません」
勝平さんは落としてしまった紙袋を拾い上げると、申し訳なさそうにこめかみをかいた。
ノックに気付かないほどに、夢中でキスしてたなんて…
「これ、今日の朝刊と頼まれていたものです」
私は差し出された紙袋を受け取ると、中をのぞいた。
新聞の他に、ひげそりやクシ。
身だしなみを調えるもの一式が入っていた。
泰兄を見ると、また顎をさすりながら言った。
「これから忙しくなるからな」って。


