意識が戻ってからの泰兄は、目を見張るくらいの回復ぶりだった。
「お若いからですよ」と主治医の先生が言う。
私はずっと泰兄のそばにいて、幸せを感じていた。
ただ、気になることがひとつだけ。
お兄ちゃんには、シトラスのバイトもYesterdayの仕事も休んでいることを言っていない。
ゆり子さんとマスターには、もしお兄ちゃんが訪ねてきてもこう答えてくれるように頼んでいた。
友達が入院することになり親も親戚も遠方で頼る人がいないから、私がしばらく身の回りの手伝いをすることになった、と。
バレるのも時間の問題だけど。
泰兄が圭条会の人間で、その上その彼が須賀一家とのトラブルで瀕死の重傷を負い、私が見舞いに通ってるだなんて口が裂けても言えそうにない。
お兄ちゃんも須賀一家と圭条会を憎んでる。
私とお兄ちゃんは同志だったはずなのに。
それなのに私はとてつもない裏切りをしているようで、心苦しかった。
だけど、もう引き返せない。
お兄ちゃんを裏切ってでも、この愛はあきらめられない。
眠る泰兄の顔を見つめた。
無防備な彼。
枕元に頬杖をついて、その彼を見つめる。
こうして彼が生きていてくれることの幸せを身体中で感じていた。
時の流れを忘れてしまうくらいに。
泰兄が少し身体を動かした。
痛むのか、顔をしかめる。
そのつらそうに歪む表情に私がおろおろしていると、彼がゆっくりと目を開けた。
「…今、何時だ」
「朝の10時を少し過ぎたところよ」
長い瞬きをする泰兄の手を握りながら、私は言った。
「もう少し眠るといいわ。私がいないほうがよく眠れるのなら、外に出てるけど」
「だめだ」
彼が思いもかけない力で手を握りかえしてきた。
「そばにいろ」
そう言って、私を抱き寄せる。
ドクン、ドクン…その力強い鼓動が耳を伝わり、全身に広がって熱くなった。
「俺のそばから離れるな、もう二度と」
私は微笑んだ。
「わかったわ」
人を愛することの喜びをかみしめながら。


