「申し訳ありません。俺のせいで」
「たいしたことはない。おまえにはおまえの考えがあってのことだろう。長引いてもかまわない。だが、必ず立ち退かせろ。おまえも、その店主も納得する形でな」
彼は表情を全く変えずに、そう言った。
胸が熱くなった。
こんな俺を信頼して、任せてくれている。
そんな直人さんに応えたい。
橘組の名を揚げたい。
それから毎日キヨさんのもとへ説得に向かったが、いい返事はもらえなかった。
あれはもう初夏の様相を呈し始めた頃だった。
「よう、キヨさん」
もう俺は常連客のようなものだった。
いや、客とは言い難い。
なにしろ毎日タダで飯を食わしてもらってるんだからな。
「今日はさ、いい砂肝が入ってね。塩焼きでいいかい?」
「おお、うまそうだな」
にっこり笑って、キヨさんはコンロに火をつけた。
「それにしても、いっつも客がいねぇなぁ、ここは」
うまいもん、出してるのにさ…
素直な感想だった。
だけど俺の仕事は、キヨさんにここから立ち退いてもらうことだ。
「だからさぁ、もういい加減店をやめてさぁ…」
ガシャーン!!
ものすごい音をたてて、鉄のフライパンが床に落ちた。
うずくまるキヨさん。
「おい!どうしたんだよ、おい!」
カウンターに回り込んで、俺は厨房に入った。
彼女は顔を苦しそうに歪め、胸を抑えて低いうめき声をあげていた。
「しっかりしろよ!」


