濡れた髪を拭きながら、いつものようにチェストの引き出しを開けた途端、全身の力が抜けた。
ぺたんとその場に座り込んでしまう。
「やだ…やめて…」
あのハンドクリームの香りが…
泰兄にもらったあの…
咄嗟にその小瓶を胸に抱き寄せた私。
香りほど、失恋した者に対して残酷な仕打ちをするものはない。
姿が見えないことをいいことに、そっと鼻腔に忍び込んでは一瞬のうちに何もかもを思い出させる。
そして最も残酷なのは「その時の気持ち」までもを、まざまざと蘇らせること。
昨日まで、私はこの香りにこの上ない幸せを感じていたはずなのに…
「泰兄…」
あれだけ泣いたのに、まだ悲しい。
まだ涙が出る。
悲しみは時間との闘いなんだと、皆は言うけれど。
ねぇ、泰兄…
私の涙はあと何ラウンドもつのかしら…
この仕事をしていてラッキーだと思うこと。
それは夜を一人で過ごさなくていいということ。
慌ただしく働いていれば、気が紛れるから。
こうやって失恋したって、夜に一人感傷に浸って落ち込むよりも、明るい昼間に泣く方が軽傷で済む。
太陽の光が、外の車や人の動く気配が孤独を紛らわせてくれるから。
結局、私は時間通りにシトラスに向かった。
私を見るなり、「あら」という顔をしたゆり子さん。
「顔色が悪いみたいだけど」
「昨夜は盛り上がって、ちょっと飲み過ぎちゃいました」
「…真琴ちゃん」
「はい?」
何か言いたげなゆり子さんは、私の顔をじっと見つめると「ううん、何でもないわ」と甘めのカフェオレを作ってくれた。
何か感づいているのは確か。
ゆり子さん、実はね…
そうやって何もかも話せたら、どんなに楽になるだろう。
彼女はいつものように店の外へ出ると、花壇の手入れを始めた。
一年中ここで花が咲き誇っているのは、彼女のこういった欠かさない手入れのほかにならない。
そしていつも彼女がすること。
お店のシンボルツリーをとっても愛おしそうに眺めること。
まるで好きな人と見つめ合っているように…。
私も恋していた時は、あんなふうに泰兄のことを見ていたんだろうな。
いけない…
何を見るにつけても泰兄とのことに結びつけてしまう。
だめ、だめ、仕事仕事。
けだるい身体で何とかシトラスでのバイトを終えると、Yesterdayに向かった。


