あまりに一瞬すぎて、何が起こったのかわからなかった。
気がつけば私はナイフを取り上げられ、その手首はひねりあげられていた。
「こんなことするために、このナイフを贈ったんじゃない」
「離して!」
「じゃあ俺の質問に答えろ。答えたら離してやる」
私は鋭く彼を睨んだ。
「俺が憎いか?」
「なんですって?」
「俺が憎いか、と訊いている」
「…ええ、憎いわ。殺したいくらいに」
言葉通りに、ふっと彼は手を緩めた。
じんじんと熱くなった私の手首。
「もう一つ訊く。俺が怖いか?」
つかまれていたところをさすりながら、答える。
「…怖くなんて、ないわ」
「そうか」
泰兄は寂しく微笑むと、バーテンダーナイフを折りたたみ私の手に握らせた。
そして言ったの、優しい声で。
「誕生日おめでとう」
「なっ…!」
「直接伝えられて、よかった」
そして背を向けて歩いていく。
それが私への最後の言葉?
ふざけないで!
どうして!?
どうして何の言い訳もしないの!
両親を殺したのは自分じゃない、そんなことがあったなんて知らなかった、そう何とでも言えるじゃない。
どうして何も言わないの!
「私…!私あなたを愛してなんかなかったわ!少しもね!一瞬たりとも愛してるなんて思ったことないわ!」
そう叫んでも、彼は振り返らなかった。
白い街灯の光に伸びたその影が、陽炎のようにアスファルトに滲む。
泰兄…!
本当は愛してたのに。
冷めた声、悲しい瞳…
そんなあなたを誰よりも愛していたのに。
全てが、全てが消えてしまった。
こんなにも残酷な運命があるの?
最初で最後の恋だと思っていたのに。
こんなことになるのなら、
こんなことになるってわかっていたのなら…
私はあなたを
愛しはしなかった…
辺りに散った花びらが、都会の無機質な風に音もなく舞った。


