ふらふらと角を曲がった時だった。


いつもの場所に、黒い人影。


私を見つけると、こちらに向かってくる。


「ケガはなかったか」


「いや…話しかけないで…!」


「黙ってて悪かった」


「近寄らないで!」


「今日何もかも話すつもりだった。すまない…」


その悲しげな声を聞いた途端、細くピンと張り詰めていたものが弾けるように切れた。


「すまない!?私の両親がなぜ死んだか、あなたに話したわよね!それを知ってて、よくもこんなもの…!!」


私は持っていたブーケで、彼の肩を叩いた。


何度も何度も。


なぜ泰兄がそんな苦しそうな顔をするの!


私が今までどんな気持ちで生きてきたのかわからないくせに!


気の毒だって、憐れんでるの?


肩を打つたびに、赤いバラの花びらが舞った。


「あなたなんて!」


はらはらと壊れて舞い落ちる花びらたち。


その向こうで、叶わない彼との夢が崩れ去るのを見た。


「あなたなんて、大っ嫌い!」


幾片かの花びらが、彼の肩に舞い降りる。


それらがみじめな自分に見えた。


こんなにも心を打ち砕かれたはずなのに、まだあの花びらのように彼への想いにすがりつく「私」がいる。


なぜ、この心を奪ったの!


なぜ私でなければならなかったの!


手を止めた私を、まだ泰兄は辛そうな顔で見ていた。


「すまない」


「どうしてこんなことに…」


ブーケの残骸を投げ捨てると、次は拳で彼の胸を何度も打った。


涙で、私を見つめるあなたが見えない。


「どうして!どうしてよりによって、あなたが圭条会の人間なの!」


泰兄が無言で私を抱きしめた。


強く、強く。


私は抗えなかった。


むしろ、彼のシャツに顔を押し当てた。


その胸に、彼の心に少しでも近付きたかったから。


どうして私の心を引き戻せないほどに夢中にさせたのか、訊いてみたかった。


こんなことになってあなたは一体どう思ってるの、そう訊ねてみたかった。


せめて、今ここで「おまえのことを一瞬たりとも特別だと思ったことはない」、そう言ってさえくれればいいのに。


そうすれば、全てを、あなたと過ごした日々の全てを、憎しみに置き換えられるのに。


なのにどうしてこの胸はこんなにもあたたかくて、私を包み込むの。


まるで「愛してる」とでも言うように…


ねぇ、泰兄。


こうしてる瞬間でさえも、あなたは私を深く傷付けてるのよ…