「その素敵なブーケ、誰から?相原さんでしょ?」
「ええ、まぁ…」
曖昧な返事をして、私は花の中に顔を埋めた。
彼に会えなかったけれど、でもこうして私のために花を贈ってくれた。
それだけで充分…
気にかけてくれたことに、じわじわと幸せが広がる。
今、とても嬉しくて、そして恥ずかしい。
いい香り…
ふとカスミソウの中に小さなカードを見つけた。
開いてみると、荒々しい文字が躍っていた。
「相原泰輔」
それだけ?
お誕生日おめでとう、とか、もっと気の利いたメッセージは一切なし?
「ふふっ」
思わず笑ってしまった私に、お客さまから鋭い突っこみが入る。
「おいおい笑ってるよ。妬けるなぁ、彼氏からかい?」
「いえ、そういうのじゃありません」
「ごまかすなって。顔に書いてあるよ、彼氏からだって。こっちのプレゼントもその彼からだろ?」
恵美さんが私からブーケをひったくると「早く開けてみたら」と目線をその小箱にやった。
みんなが注目している。
一様にどんなものが入ってるのか、興味津々といった感じ。
私は嬉しさと恥ずかしさの中で、そのリボンを解くのがやっとだった。
箱を開けて、息を呑んだ。
白くて柔らかな布に包まれた、鈍い光を放つバーテンダーナイフが姿を現した。
ナイフとコールスクリューがひとつになったもの。
黒の持ち手に、シルバーで「MAKOTO」と刻印されている。
手に取った私の横で、恵美さんが「素敵!」と声を上げた。
どれ?と皆が立ち上がってのぞきこむ。
マスターがそのバーテンダーナイフを見るなり「これはすごくいいものだよ」と感心したように言った。
ドイツのとても有名なメーカーのもの。
でも私は頭がボーッとしてしまって、マスターのウンチクをまともには聞いていなかった。
「相原さんもやるなぁ。これは結構高い…」
そんなマスターを恵美さんが「値段の話はしないでちょうだい」と小突いた。
泰兄…こんな素敵なものをありがとう。
嬉しくて嬉しくて、今にも叫んじゃいたい気分。
「はいはい、幸せに浸るのもいいけど、お客さまのグラスがからっぽよ」
恵美さんの言葉で、うっとりとした気分が一気に吹っ飛ぶ。
慌ててエプロンにそのナイフをしまった。
「申し訳ございません。次のお飲み物はいかがいたしましょう」


