その時、あのドアベルが鳴った。
騒がしい店内にもかかわらず、私の耳にははっきりとその音色が聞こえたの。
心のどこかで、あの人でありますように…って思ってた。
でも現れたのは、大きな大きな花束。
そしてそれを抱えた「誰か」。
まるでブーケに足が生えた宇宙人みたい。
扉をなんとかくぐりぬけて、前が見えないのだろう、らせん階段をそろりそろりと降りてくる。
うわぁ…と感嘆の声が上がった。
何十本もある深紅のバラを小さく可憐な白いカスミソウが優しく守るように包み込んでいる。
階段を降りきったその足は、私のほうに真っ直ぐに歩いてきた。
顔が見えない…
泰兄…?あなたなの…?
早くなる鼓動を感じながら、私はそのブーケに隠された顔を想像していた。
ねぇ、あなたでしょ?
早く顔を見せて…
でも真っ赤なバラの向こうから顔を出したのは、花屋ウエノのケンちゃんだった。
「片桐さん、お届け物です」
ブーケを抱えたまま、いつも通り無愛想に彼は言う。
「ここにサインして」
「え…ええ」
差し出された伝票とボールペンを受け取ると、がっかりした自分がいることに気付いた。
伝票と引き替えに、ケンちゃんはその抱え込むほどのブーケを私に渡すと、小声で言った。
「相原さまからです。12時きっかりに届けるようにって」
え?
「あと、これも一緒に渡してくれって」
ケンちゃんは小さな長方形の包みをカウンターに置いた。
「ねぇ、これは泰…じゃなくて、相原さんが直接あなたに手渡してくれたの?」
「ううん、代理の人って言ってたな。おやじさんが対応したんだ、俺は配達に行ってたから」
「そう…」
私の落胆はますます大きなものになる。
泰兄がわざわざウエノに出向いて、この花とプレゼントを手配してくれたわけじゃないんだ。
しかもこれを届けさせたということは、彼自身は今夜ここには来ないということになる。
そんな私の気持ちなどつゆ知らず、周りからはひやかしの声が上がり始め我に返った私。
「あの、ありがとう。大変だったでしょ、運ぶの」
「別に。仕事だから」
相変わらずの言い方、そう思ってクスリと笑うと、彼はピンク色のチューリップを一輪カウンターに置いた。
同じ色のリボンがかけられたそのチューリップ。
今にも花弁が開きそうなほどの、初々しさ。
「これ、サービス。誕生日って聞いたから」
うつむいた彼は足早に階段をあがっていく。
またしてもひやかしの声。
「モテモテだなぁ、真琴ちゃんは」
意外なケンちゃんの行動にお礼も忘れて、少しの間私はキョトンとしてしまった。


