「いいですか、代わりにしっかりと根を張るんです。広く広く、深く深くしっかりと。根がしっかりしていれば、たとえ地上に茎や花が踏みにじられても、何度でも立ち直ることができる。違いますか?」
「根…」
「それこそが生命力です。根が腐らなければ、生き続けていける。そこが強ければ、いつか大輪の花が必ず咲きます。その時こそが人生逆転の時です」
俺はそう言い終わると、彼の反応を見ることなく立ち上がり、手を差し出した。
「今日は、特別に俺が家までお送りしますよ」
この時の健吾さんには難しすぎる話だったかもしれない。
でも昔、俺もそう言われて少なからず救われた。
だからこの少年にも伝えてやりたかった。
今のそのつらさが、苦しみが、必ずいつか生きていく糧になるのだと…
俺たちは真っ赤な太陽の光の中、土手を歩いて帰った。
その時の少年が今ここに。
「おいしいね、これ」
タンブラーを持つ彼の手が傷だらけで、しかも荒れていた。
あれからイジメにも負けずに高校まで進学し、今は本通りのカタギが経営する店で働いているらしいが、何をしているかまでは教えてくれない。
「俺が親父に認められて組に戻った時に教えるよ。きっと冗談だろ、ってあんたも笑うよ」
しばらくは社会勉強だからと、身分を隠して働きたいと彼は言った。
圭条会系列の飲食店やフロント企業はたくさんあったが、鶴崎組長の息子であることに頼らず、自力で働く場所を探してきたらしい。
健吾さんが鶴崎組を継ぎたい、という意志を示したのは高校を卒業してからだ。
「俺の根は、鶴崎の家にどこまでも深く根付いてるんだよ。だから芽吹いた場所で花を咲かせる」
そう俺にわざわざ伝えに来てくれたことが忘れられない。
他人の受け売りでしかない俺の言葉を、長い間ずっと覚えていてくれたのだから。
きっと健吾さんのことだ、黙々と文句も言わずにその仕事をこなしているんだろう。
「最近、須賀のやちらがこの辺りをうろついてるけど、どうなってるわけ?」
「確かに最近よく見かけます。俺も気になっていたところです」
「面倒なこと、しでかさなきゃいいけど」
さすが鶴崎組、次期トップだ。
この若さでちゃんと周りを見ている。
頼もしく思えて、思わず笑みが浮かぶ。
「もう1杯いかがですか?」
「いや、もうやめとくよ。ごちそうさま」
そう言って、ジーンズが破れて丸見えの膝をぽんっと叩くと、この青年は勢いよく立ち上がった。


