俺が直人さんについて鶴崎組を出てから、しばらくのことだった。
近くのコンビニで値引きされた弁当とコーラを買ってブラブラと帰る途中、なんとなく街の真ん中を流れる河の土手に出た。
夕陽に紅く染まる河面。
やっぱり夕焼けを見るなら海だろ、なんて思ったりしながら歩いていると、河原にランドセルを背負った見覚えのある後ろ姿が目に飛び込んできた。
慌てて急斜面を駆け下りると、俺は声をかけた。
「坊ちゃん!」
鶴崎組の一人息子、健吾さんだった。
どうしてこんなところに一人で?
学校にはいつも若い衆が迎えに行くはずだ。
「坊ちゃん!」
「なんだ、泰輔か」
「こんなところで、一体どうなさったんですか」
「別に」
「迎えの者は?」
「知らない、あんなやつら」
その様子に何かあったのだと察した俺は、彼の隣に腰をおろした。
すぐにでも連れ戻されると思っていた健吾さんは驚いた顔で俺を見たが、すぐに抱えた膝に顔をうずめた。
たとえガキでも相手は組長の息子だ。
敬意は払わねばならない。
「お元気でしたか?学校はいかがですか?」
俺は明るく訊ねると、コンビニの袋からコーラを取りだして差し出した。
ルリ姐さんからは「歯に悪いから」と禁止されていたコーラ。
俺が世話役だった頃は、隠れてよく飲んでいたっけ。
そのペットボトルを受け取ると、健吾さんは力なく言った。
「なんで泰輔はうちを出ていったの?」
「寂しいですか?」
「まあね、泰輔みたいな若い衆はいないから。ねぇ、お父さんよりも直人の方が良かったから?」
「そういうわけではありません。俺にとっては直人さんは恩人なんです。だからそばでその恩に報いたい、そう思ったんです」
「ふぅん、よくわかんないけど大人っていろいろあるんだね」
「何かあったみたいですね」
しばらくの沈黙の後、彼は顔を苦しげに歪めながら切り出した。
「学校のみんなが、俺をヤクザの子ども、ヤクザの子どもって言うんだ」
悲痛な声だった。
「俺だって、好きでヤクザの子をやってるわけじゃないのに…」
手に持ったコーラのペットボトルをいじりながら彼は続ける。
「もう嫌だよ、こんな生活。いっつも校門にはいかつい顔した若い衆が待ってて、友達も怖がって遊びに誘ってくれない。家に帰ってもお父さんもお母さんも仕事でいないし、泰輔だっていない…」
「坊ちゃん…」
「ひとりぼっちだよ」
遠くの鉄橋を電車が通り抜けて行く音が、風にのって耳に届く。


